くがつ ようか。 次の朝、授業の前みんなが運動場で鉄棒にぶらさがったり、棒かくしをしたりしていますと、少し遅れて佐太郎が何かを入れたザルを そっと抱えてやって来ました。「なんだ。なんだ。なんだ。」とすぐみんな走って行ってのぞき込みました。すると佐太郎は袖でそれをかくすようにして、急いで学校の裏の岩穴のことろへ行きました。みんなはいよいよあとを追って行きました。一郎がそれをのぞくと、思わず顔いろを変えました。それは魚の毒もみにつかう山椒の粉で、それを使うと発破と同じように巡査に押えられるのでした。
ところが佐太郎はそれを岩穴の横の萱の中へかくして、知らない顔をして運動場へ帰りました。 そこでみんなはひそひそ時間になるまでひそひそその話ばかりしていました。 その日も十時ごろからやっぱり昨日のように暑くなりました。みんなはもう授業の済むのばかり待っていました。二時になって五時間目が終ると、もうみんな一目散に飛びだしました。佐太郎も又 ザルをそっと袖でかくして、コースケだのみんなに囲まれて、河原へ行きました。又三郎はカスケと行きました。みんなは町の祭のときの瓦斯のような匂のむっとするねむの河原を急いで抜けて、いつものさいかちぶちに着きました。すっかり夏のような立派な雲の峰が東でむくむく盛りあがり、さいかちの木は青く光って見えました。
 みんな急いで着物をぬいで淵の岸に立つと、佐太郎が一郎の顔を見ながら言いました。「ちゃんと一列にならべ。いいか、魚浮いて来たら泳いで行ってとれ。とったくらい やるぞ。いいか。」 小さなこどもらは、よろこんで顔を赤くして、押しあったりしながらぞろっと淵を囲みました。ぺ吉だのさんよにんはもう泳いで、さいかちの木の下まで行って待っていました。 佐太郎、おお威張りで、上流の瀬に行ってザルをじゃぶじゃぶ水で洗いました。みんなしぃんとして、水をみつめて立っていました。又三郎は水を見ないで向うの雲の峰の上を通る黒い鳥を見ていました。一郎も河原にすわって、石をこちこち叩いていました。ところが、それからよほどたっても魚は浮いて来ませんでした。
 佐太郎は大変まじめな顔で、きちんと立って水を見ていました。昨日 発破をかけたときなら、もうじゅっぴきもとっていたんだとみんなは思いました。またずいぶんしばらくみんなしぃんとして待ちました。けれどもやっぱり魚は一匹も浮いて来ませんでした。「さっぱり魚、うかばなぃな。」コースケが叫びました。佐太郎はびくっとしましたけれども、まだ一心に水を見ていました。「魚さっぱりうかばなぃな。」ぺ吉がまた向うの木の下で言いました。するともう、みんなはがやがや言い出して、みんな水に飛び込んでしまいました。
 佐太郎はしばらくきまり悪そうに、しゃがんで水を見ていましたけれど、とうとう立って、「鬼っこしないか。」と言った。「する、する。」みんなは叫んで、じゃんけんをするために、水の中から手を出しました。泳いでいたものは、急いでせいの立つところまで行って手を出しました。一郎も河原から来て手を出しました。そして一郎ははじめに、昨日あの変な鼻の尖った人の上って行った崖の下の、青いぬるぬるした粘土のところを根っこにきめました。そこに取りついていれば、鬼は押えることができないというのでした。それから、はさみ無しの ひとり負け勝ちで じゃんけんをしました。ところが悦治は、ひとりはさみを出したので、みんなにうんとはやされたほかに、鬼になった。
悦治は唇を紫いろにして河原を走って、喜作を押えたので鬼は二人になりました。それからみんなは、砂っぱの上や淵を、あっちへ行ったりこっちへ来たり、押えたり押えられたり、何べんも鬼っこをしました。 しまいにとうとう又三郎ひとりが鬼になりました。又三郎はまもなくキチローをつかまえました。みんなは さいかちの木の下に居てそれを見ていました。すると又三郎が、「キチロー君、きみはカミから追って来るんだよ。いいか。」と言いながら、自分はだまって立って見ていました。キチローは口をあいて手をひろげて、かみから粘土の上を追って来ました。
みんなは淵へ飛び込む仕度をしました。一郎は柳の木にのぼりました。そのときキチローが、あのかみの粘土が足についていたために、みんなの前ですべってころんでしまいました。みんなは、わあわあ叫んで、キチローをはねこえたり、水に入ったりして、かみの青い粘土の根にあがってしまいました。「又三郎、コ。」カスケは立って口を大きくあいて、手をひろげて又三郎をばかにしました。すると又三郎はさっきからよっぽど怒っていたと見えて、「ようし、見ていろよ。」と言いながら本気になって、ざぶんと水に飛び込んで、一生懸命、そっちの方へ泳いで行きました。
 又三郎の髪の毛が赤くてばしゃばしゃしているのに、あんまり永く水につかって唇もすこし紫いろなので、子どもらはすっかり恐がってしまいました。第一、その粘土のところはせまくて、みんながはいれなかったのに、それに大変つるつるすべる坂になっていましたから、下の方のしごにんなどは上の人につかまるようにして、やっと川へすべり落ちるのをふせいでいたのでした。一郎だけが、いちばんうえで落ち着いて、さあみんな、とかなんとか相談らしいことをはじめました。みんなもそこで頭をあつめて聞いています。又三郎はぼちゃぼちゃ、もう近くまで行きました。
みんなはひそひそはなしています。すると又三郎は、いきなり両手でみんなへ水をかけ出した。みんなが、ばたばた防いでいましたら、だんだん粘土がすべって来て、なんだかすこうし下へずれたようになりました。又三郎はよろこんで、いよいよ水をはねとばしました。すると、みんなは ぼちゃんぼちゃんと一度に水にすべって落ちました。又三郎はそれを片っぱしからつかまえました。一郎もつかまりました。カスケがひとり、上をまわって泳いで逃げましたら、又三郎はすぐに追い付いて押えたほかに、腕をつかんでしごへんぐるぐるひっぱりまわしました。
カスケは水を呑んだと見えて、霧をふいてごほごほむせて、「おいらもうやめた。こんな鬼っこもうしない。」と言いました。小さな子どもらはみんな砂利にあがってしまいました。又三郎はひとりさいかちの木の下に立ちました。 ところが、そのときはもうそらがいっぱいの黒い雲で、柳も変に白っぽくなり、山の草はしんしんとくらくなり、そこらは何とも言われない恐ろしい景色にかわっていました。 そのうちに、いきなり上の野原のあたりで、ごろごろごろと雷が鳴り出しました。と思うと、まるで山つなみのような音がして、いっぺんに夕立がやって来ました。風までひゅうひゅう吹きだしました。淵の水には、大きなぶちぶちがたくさんできて、水だか石だかわからなくなってしまいました。
みんなは河原から着物をかかえて、ねむの木の下へ逃げこみました。すると又三郎も何だかはじめて怖くなったと見えて、さいかちの木の下からどぼんと水へはいってみんなの方へ泳ぎだしました。すると、誰ともなく、「雨はざっこざっこ 雨三郎、 風はどっこどっこ 又三郎。」 と叫んだものがありました。みんなもすぐ声をそろえて叫びました。「雨はざっこざっこ 雨三郎、  風はどっこどっこ 又三郎。」 すると又三郎はまるであわてて、何かに足をひっぱられるように淵からとびあがって、一目散にみんなのところに走って来て、がたがたふるえながら、「いま叫んだのはおまえらだちかい。」とききました。
「そでない、そでない。」みんなは一しょに叫びました。ぺ吉がまた一人出て来て、「そでない。」と言いました。又三郎は気味悪そうに川のほうを見ましたが、色のあせた唇を、いつものようにきっと噛んで、「なんだい。」と言いましたが、からだはやはりがくがくふるっていました。 そしてみんなは、雨のはれまを待って、めいめいのうちへ帰ったのです。

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