くがつ なのか。 次の朝は霧がじめじめ降って学校のうしろの山もぼんやりしか見えませんでした。ところが今日も二時間目ころからだんだん晴れて 間もなく空はまっ青になり、日はかんかん照って、おひるになって三年生から下がさがってしまうとまるで夏のように暑くなってしまいました。 ひるすぎは先生もたびたび教壇で汗を拭き、四年生の習字も五年生六年生の図画も、まるでむし暑くて、書きながらうとうとするのでした。
 授業が済むとみんなはすぐ川下の方へそろって出掛けました。カスケが、「又三郎、水アびにいがなぃが。小さいやづど いまころみんな行ってるぞ。」と言いましたので又三郎もついて行きました。 そこはこの前 上の野原へ行ったところよりもも少し下流で、右の方からも一つの谷川がはいって来て少し広い河原になり、そのすぐ下流は大きな さいかちの木の生えた崖になっているのでした。「おおい。」とさきに来ているこどもらがはだかで両手をあげて叫びました。一郎やみんなは、河原のねむの木の間をまるで徒競争のように走って、いきなりきものをぬぐとすぐどぶんどぶんと水に飛び込んで両足をかわるがわる曲げて、だぁんだぁんと水をたたくようにしながら斜めにならんで向う岸へ泳ぎはじめました。
 前に居たこどもらもあとから追い付いて泳ぎはじめました。 又三郎もきものをぬいでみんなのあとから泳ぎはじめましたが、途中で声をあげてわらいました。 すると向うぎしについた一郎が、髪をあざらしのようにして唇を紫にしてわくわくふるえながら、「わあ又三郎、ナしてわらった。」と言いました。又三郎はやはりふるえながら水からあがって、「この川冷たいなあ。」と言いました。「又三郎なしてわらった?」一郎はまたききました。「おまえたちの泳ぎ方はおかしいや。なぜ足をだぶだぶ鳴らすんだい。」と言いながらまた笑いました。
「うわあい。」と一郎は言いましたが、何だかきまりが悪くなったように、「石取りさなぃが。」と言いながら白い円い石をひろいました。「するする。」こどもらがみんな叫びました。 おれそれでぁあの木の上がら落すがらな。と一郎は言いながら崖の中ごろから出ているさいかちの木へするする昇って行きました。そして、「さあ落すぞ、いち、にい、さん。」と言いながらその白い石をどぶーん、と淵へ落しました。みんなは われがちに岸からまっさかさまに水にとび込んで青白いらっこのような形をして底へ潜って、その石をとろうとしました。
けれどもみんな底まで行かないに息がつまって浮びだして来て、かわるがわるふうとそらへ霧をふきました。 又三郎はじっとみんなのするのを見ていましたが、みんなが浮んできてからじぶんもどぶんと はいって行きました。けれどもやっぱり底まで届かずに浮いてきたのでみんなはどっと笑いました。そのとき向うの河原のねむの木のところを大人が四人、肌ぬぎになったり、網をもったりしてこっちへ来るのでした。 すると一郎は木の上でまるで声をひくくしてみんなに叫びました。「おお、発破だぞ。知らないふりしてろ。石とり やめで はやぐみんなシモささがれ。」
 そこでみんなは、なるべくそっちを見ないふりをしながら、いっしょに しもの方へ泳ぎました。一郎は、木の上で手をひたいにあてて、もう一度よく見きわめてから、どぶんとさかさまに淵へ飛びこみました。それから水をくぐって、いっぺんにみんなへ追いついたのです。 みんなは、淵のしもの、瀬になったところに立ちました。「知らないふりして遊んでろ。みんな。」一郎が言いました。みんなは、砥石をひろったり、せきれいを追ったりして、発破のことなぞ、すこしも気がつかないふりをしていました。 すると向うの淵の岸では、下流の坑夫をしていた庄助が、しばらくあちこちみまわしてから、いきなりあぐらをかいて砂利の上へすわってしまいました。
それからゆっくり腰からたばこ入れをとって、きせるをくわいてぱくぱく煙をふきだしました。奇体だと思っていましたら、また腹かけから何か出しました。「発破だぞ、発破だぞ。」とみんな叫びました。一郎は手をふってそれをとめました。庄助は、きせるの火をしずかにそれへうつしました。うしろに居た一人はすぐ水に入って網をかまえました。庄助はまるで落ちついて、立って一あし水に入るとすぐその持ったものを、さいかちの木の下のところへ投げこみました。するとまもなく、ぼぉというようなひどい音がして水はむくっと盛りあがり、それからしばらくそこらあたりがきぃんと鳴りました。向うの大人たちはみんな水へ入りました。「さあ、流れて来るぞ。みんなとれ。」と一郎が言いました。まもなくコースケは小指ぐらいの茶いろなかじかが横向きになって流れて来たのをつかみましたし、そのうしろではカスケが、まるで瓜をすするときのような声を出しました。
それは六寸ぐらいある鮒をとって、顔をまっ赤にして よろこんでいたのです。それからみんなとって、わあわあよろこびました。「だまってろ、だまってろ。」一郎が言いました。 そのとき向うの白い河原を肌ぬぎになったり、シャツだけ着たりした大人がごろくにんかけて来ました。そのうしろからはちょうど活動写真のように、一人の網シャツを着た人が、はだか馬に乗ってまっしぐらに走って来ました。みんな発破の音を聞いて見に来たのです。 庄助はしばらく腕を組んでみんなのとるのを見ていましたが、「さっぱり居なぃな。」と言いました。すると又三郎がいつの間にか庄助のそばへ行っていました。 
そしてちゅうぐらいの鮒を二匹、「魚返すよ。」といって河原へ投げるように置きました。すると庄助が、「なんだこのワラスぁ、きたいなやづだな。」と言いながらじろじろ又三郎を見ました。 又三郎はだまってこっちへ帰ってきました。庄助は変な顔をしてみています。みんなはどっとわらいました。 庄助はだまって、またカミへ歩きだしました。ほかのおとなたちもついて行き、あみシャツの人は馬に乗って、またかけて行きました。コースケが泳いで行って三郎の置いて来た魚を持ってきました。
みんなは そこでまたわらいました。「発破かけだら、ザコ撒かせ。」カスケが河原の砂っぱの上で、ぴょんぴょんはねながら高く叫びました。 みんなはとった魚を石で囲んで、小さないけすをこしらえて、生き返っても、もうにげて行かないようにして、またかみのさいかちの木へのぼりはじめました。ほんとうに暑くなって、ねむの木もまるで夏のようにぐったり見えましたし、空もまるで底なしの淵のようになりました。 そのころ誰かが、「あ、いけす、ブッコワすとこだぞ。」と叫びました。見ると一人の変に鼻の尖った、洋服を着てわらじをはいた人が、手にはステッキみたいなものをもって、みんなの魚をぐちゃぐちゃ掻きまわしているのでした。
「あ、あいづ、専売局だぞ。専売局だぞ。」佐太郎が言いました。「又三郎、うなのとったタバコの葉 めっけだんだぞ。うな、連れでぐさ来たぞ。」カスケが言いました。「なんだい。こわくないや。」又三郎はきっと口をかんで言いました。「みんな又三郎のごと囲んでろ、囲んでろ。」と一郎が言いました。 そこでみんなは又三郎をさいかちの木のいちばんなかの枝に置いて、まわりの枝にすっかり腰かけました。 その男はこっちへびちゃびちゃ岸をあるいて来ました。「来た来た来た来たきたっ。」とみんなは息をころしました。ところがその男は、別に又三郎をつかまえるふうでもなく、みんなの前を通りこして、それから淵のすぐかみの浅瀬をわたろうとしました。
それもすぐに河をわたるでもなく、いかにもわらじや脚絆のきたなくなったのをそのまま洗うというふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんですからみんなはだんだん怖くなくなりましたが、その代り気持ちが悪くなってきました。そこでとうとう一郎が言いました。「お、おれ先に叫ぶから、みんなあとからいちにいさんで叫ぶこだ。いいか。 あんまり川を濁すなよ、 いつでもセンセ、いうでなぃか。一、二ぃ、三。」「あんまり川を濁すなよ、 いつでも先生、いうでなぃか。」 その人はびっくりしてこっちを見ましたけれども、何を言ったのかよくわからないというようすでした。そこでみんなはまた言いました。「あんまり川を濁すなよ、 いつでも先生、言うでなぃか。」 
鼻の尖った人はすぱすぱと、煙草を吸うときのような口つきで言いました。「この水呑むのか、ここらでは。」「あんまり川をにごすなよ、 いつでも先生、いうでなぃか。」  鼻の尖った人は少し困ったようにして、また言いました。「川をあるいてわるいのか。」「あんまり川をにごすなよ、 いつでも先生 いうでなぃか。」  その人はあわてたのをごまかすように、わざとゆっくり川をわたって、それからアルプスの探検みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利の崖をななめにのぼって、崖の上のたばこばたけへ はいってしまいました。
 すると又三郎は、「なんだい、ぼくを連れにきたんじゃないや。」と言いながらまっ先にどぶんと淵へとび込みました。 みんなも何だか、その男も又三郎も気の毒なようなおかしながらんとした気持ちになりながら、一人づつ木からはね下りて、河原に泳ぎついて、魚を手拭につつんだり手にもったりしてうちに帰りました。

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