くがつ むいか。 次の日は朝のうちは雨でしたが、二時間目からだんだん明るくなって、三時間目の終りのじゅっぷん休みにはとうとうすっかりやみ、あちこちに削ったような青ぞらもできて、その下をまっ白な鱗雲がどんどん東へ走り、山の萱からも栗の木からも残りの雲が湯気のように立ちました。「サガったら葡萄づるとりにいがなぃが。」コースケがカスケにそっと言いました。「いぐいぐ。又三郎もいがなぃが。」カスケがさそいました。
コースケは、「わあい、あそご又三郎さ教えるやなぃじゃ。」と言いましたが三郎は知らないで、「行くよ。ぼくは北海道でもとったぞ。ぼくのお母さんは たるへ ふたっつ漬けたよ。」と言いました。「葡萄とりにおらもつれでがなぃが。」二年生の承吉も言いました。「わがなぃじゃ。うなどさ教えるやなぃじゃ。おら去年な あたらしいどごめつけだじゃ。」 みんなは学校の済むのが待ち遠しかったのでした。五時間目が終ると、一郎とカスケが佐太郎とコースケと悦治と又三郎と六人で学校からカミの方へ登って行きました。少し行くと一軒の藁やねの家があって、その前に小さなたばこばたけがありました。たばこの木はもう下の方の葉をつんであるので、その青い茎がはやしのようにきれいにならんでいかにも面白そうでした。 
すると又三郎はいきなり、 「なんだい、此の葉は。」と言いながら葉を一枚むしって一郎に見せました。すると一郎はびっくりして、「わあ、又三郎、たばごの葉とるづど専売局にうんと叱られるぞ。わあ、又三郎ナしてとった。」と少し顔いろを悪くして言いました。みんなも口々に言いました。「わあい。専売局でぁ、この葉 一枚づつ数えで 帳面さつけでるだ。おら知らなぃぞ。」「おらも知らなぃぞ。」「おらも知らなぃぞ。」みんな口をそろえてはやしました。 すると三郎は顔をまっ赤にして、しばらくそれを振りまわして何か言おうと考えていましたが、「おら知らないでとったんだい。」と怒ったように言いました。 みんなは怖そうに、誰か見ていないかというように向うの家を見ました。
たばこばたけからもうもうとあがる湯気の向うで、そのいえは しいんとして誰も居たようではありませんでした。「あの家、一年生のコスケの家だじゃい。」カスケが少しなだめるように言いました。ところがコースケははじめからじぶんの見附けた葡萄やぶへ、三郎だのみんなあんまり来て面白くなかったもんですから、意地悪く もいちど三郎に言いました。「わあ又三郎、なんぼ知らなぃたってわがなぃんだじゃ。わあい、又三郎。もどの通りにしてまゆんだであ。」 又三郎は困ったようにしてまたしばらく黙っていましたが、「そんなら、おいら此処へ置いてくからいいや。」と言いながらさっきの木の根もとへそっとその葉を置きました。
すると一郎は、「早くあべ。」と言って先にたって歩き出しましたのでみんなもついて行きましたが、コースケだけはまだ残って、「ほう、おら知らなぃぞ。ありゃ、又三郎の置いた葉、あすごにあるじゃい。」なんて言っているのでしたがみんながどんどん歩きだしたのでコースケもやっとついて来ました。 みんなは萱の間の、小さなみちを山の方へ少しのぼりますと、その南側に向いた窪みに栗の木があちこち立って、下には葡萄がもくもくした大きなやぶになっていました。「こご おれ見っつけだのだがらみんなあんまりとるやなぃぞ。」コースケが言いました。
 すると三郎は、「おいら栗の方をとるんだい。」といって石を拾って一つの枝へ投げました。青いいがが一つ落ちました。 又三郎はそれを棒きれで剥いて、まだ白い栗を二つとりました。みんなは葡萄の方へ一生懸命でした。 そのうちコースケがも一つのやぶへ行こうと一本の栗の木の下を通りますと、いきなり上から雫がいっぺんにざっと落ちてきましたので、コースケは肩からせなかから水へ入ったようになりました。コースケは驚いて口をあいて上を見ましたら、いつか木の上に又三郎がのぼっていて、なんだか少しわらいながら じぶんも袖ぐちで顔をふいていたのです。「わあい、又三郎何する。」コースケは うらめしそうに木を見あげました。「風が吹いたんだい。」三郎は上でくつくつ笑いながら言いました。
 コースケは木の下をはなれてまた別のやぶで葡萄をとりはじめました。もうコースケはじぶんでも持てないくらいあちこちへためていて、口も紫いろになってまるで大きく見えました。「さあ、この位持って 戻らないが。」一郎が言いました。「おら、もっと取ってぐじゃ。」コースケが言いました。 そのときコースケはまた頭からつめたい雫をざあっとかぶりました。コースケはまたびっくりしたように木を見上げましたが今度は三郎は木の上には居ませんでした。 けれども木の向う側に三郎の鼠いろのひじも見えていましたし、くつくつ笑う声もしましたから、コースケはもうすっかり怒ってしまいました。「わあい又三郎、まだひとさ水かげだな。」「風が吹いたんだい。」 みんなはどっと笑いました。
「わあい又三郎、うなそごで木ゆすったけぁなあ。」 みんなはどっとまた笑いました。 するとコースケは うらめしそうにしばらくだまって三郎の顔を見ながら、「うあい又三郎、ウナなどあ、世界になくてもいなあぃ。」 すると又三郎はずるそうに笑いました。「やあコースケ君、失敬したねえ。」 コースケは何かもっと別のことを言おうと思いましたが、あんまり怒ってしまって考え出すことが出来ませんでしたので又同じように叫びました。「うあい、うあいだが、又三郎、うなみだぃな風など世界中になくてもいいなあ、うわあい。」「失敬したよ。だってあんまりきみもぼくへ意地悪をするもんだから。」
又三郎は少し眼をパチパチさせて気の毒そうに言いました。けれどもコースケのいかりはなかなか解けませんでした。そして三度同じことをくりかえしたのです。「うわい、又三郎かぜなどあ世界中に無くてもいな、うわい。」 すると、又三郎は少し面白くなった様で、またくつくつ笑いだして尋ねました。「風が世界中に無くってもいいってどう言うんだい。いいと箇條をたてていってごらん。そら。」又三郎は先生みたいな顔つきをして指を一本 出しました。コースケは試験の様だしつまらないことになったと思って大変くやしかったのですが仕方なくしばらく考えてから言いました。
「うななどイタズラばりさな、傘ぶっカしたり。」「それからそれから。」又三郎は面白そうに一足進んで言いました。「それがら 木、折ったり おっけあしたりさな。」「それから、それからどうだい。」「家もぶっかさな。」 「それから、それから、あとは どうだい。」「あかしもけさな。」「それからあとは? それからあとは? どうだい。」「シャップもとばさな。」 「それから? それからあとは? あとは どうだい。」「笠もとばさな。」 「それからそれから。」「それがら、うう、電信ばしらもたおさな。」「それから? それから? それから?。」「それがら屋根もとばさな。」「アアハハハ屋根は家のうちだい。どうだいまだあるかい。それから、それから?。」
「それだがら、うう、それだがら ランプもけさな。」「アハハハ ハハ、ランプはあかしのうちだい。けれどそれだけかい。え、おい。それから? それからそれから。」 コースケはつまってしまいました。大抵もう言ってしまったのですから、いくら考えてももう出ませんのでした。又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら、「それから? それから? ええ? それから?」と言うのでした。 コースケは顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。「風車もぶっかさな。」 すると又三郎はこんどこそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。
みんなも笑いました。笑って笑って笑いました。 又三郎はやっと笑うのをやめて言いました。「そらごらん、とうとう風車などを言っちゃったろう。風車なら風を悪く思っちゃいないんだよ。勿論ときどきこわすこともあるけれども、回してやる時の方がずっと多いんだ。風車ならちっとも風を悪く思っていないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようはあんまりおかしいや。うう、うう、でばかりいたんだろう。おしまいにとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」又三郎は又泪の出るほど笑いました。コースケもさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい 又三郎と一しょに笑い出してしまったのです。すると又三郎もすっかりきげんを直して、「コースケ君、いたずらをして済まなかったよ。」と言いました。
「さあそれでぁいぐべな。」と一郎は言いながら又三郎にぶどうを五ふさばかりくれました。又三郎は白い栗をみんなに二つづつ分けました。そしてみんなは下のみちまでいっしょに下りて、あとはめいめいのうちへ帰ったのです。

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