風の記憶


 四月の暖かい日差しの街を歩いていて、穏やかな風の中にふと冷たい空気を感じた。まだ完全に暖められ切っていない大気の中にまだら状に冷たい空気が漂っているらしい。

 顔や手に吹いて来た風の感触がその瞬間にありありと思い起こさせたのは、春の田圃の情景であった。
 私が育った日本海側の早場米地帯と呼ばれる地方では四月に田植えを行う。その頃にあぜ道を歩くと、足元のみずみずしい雑草から湧き上ってくる春の空気に包まれ、そして同時に泥田の匂い混じりの冷たい風に吹かれて、この時期の、嬉しいような落ち着かないような、何とも言えない世界のうごめきを実感する。

 匂いの感覚は強烈に「記憶」に結びついていることは常々実感するところだが、このように具体的な風の感触が直接的にある記憶を惹起させたことは私にとって少しく意外なことでもあった。