九 月 四 日 、日 曜

 次の朝、空はよく晴れて谷川はさらさら鳴りました。一郎は途中で嘉助と佐太郎と悦治をさそって、一緒に三郎のうちの方へ行きました。学校の少し下流で谷川をわたって、それから岸で楊の枝をみんなで一本づつ折って青い皮をくるくる剥いで鞭を拵えて手でひゅうひゅう振りながら上の野原への路をだんだんのぼって行きました。みんなは早くも登りながら息をはあはあしました。
「又三郎ほんとにあそごの
湧水まで来て待ぢでるべが。」
「待ぢでるんだ。又三郎偽(ウソ)こがなぃもな。」
「あゝ暑う、風吹げばいゝな。」
「どごがらだが風吹いでるぞ。」
「又三郎吹がせだらべも。」
「何だがお日さんぼゃっとして来たな。」
 空に少しばかりの白い雲が出ました。そしてもう大分のぼっていました。谷のみんなの家がずうっと下に見え一郎のうちの木小屋の屋根が白く光っています。
 路が林の中に入り、しばらく路はじめじめして、あたりは見えなくなりました。そして間もなくみんなは約束の湧水の近くに来ました。するとそこから、
「おうい。みんな来たかい。」と三郎の高く叫ぶ声がしました。
 みんなはまるでせかせかと走ってのぼりました。向うの曲り角の処に又三郎が小さな唇をきっと結んだまゝ三人のかけ上って来るのを見ていました。
 三人はやっと三郎の前まで来ました。けれどもあんまり息がはあはあしてすぐには何も云えませんでした。嘉助などはあんまりもどかしいもんですから、空へ向いて、
「ホッホウ。」と叫んで早く息を吐いてしまおうとしました。すると三郎は大きな声で笑いました。
「ずいぶん待ったぞ。それに今日は雨が降るかもしれないそうだよ。」
「そだら早ぐ行ぐべすさ。おらま
つ水呑んでぐ。」
 三人は汗をふいて、しゃがんでまっ白な岩からこぼこぼ噴きだす冷たい水を何べんも掬ってのみました。
ぼくのうちはこゝからすぐなんだ。ちょうどあの谷の上あたりなんだ。みんなで帰りに寄ろうねえ。」
「うん。まんつ野原さ行ぐべすさ。」
 みんなが又あるきはじめたとき湧水は何かを知らせるようにぐうっと鳴り、そこらの樹もなんだかざあっと鳴ったようでした。
 四人は林の裾の藪の間を行ったり岩かけの小さく崩れる所を何べんも通ったりして、もう上の原の入口に近くなりました。
 みんなはそこまで来ると来た方からまた西の方をながめました。光ったり陰ったり幾通りにも重なったたくさんの丘の向うに川に沿った
ほんとうの野原が、ぼんやり碧くひろがっているのでした。
「ありゃ、あいづ川だぞ。」
「春日明神さんの帯のようだな。」又三郎が云いました。
「何のようだど。」一郎がききました。
「春日明神さんの帯のようだ。」
「うな神さんの帯見だごとあるが。」
「ぼく北海道で見たよ。」
 みんなは何のことだかわからずだまってしまいました。
 ほんとうにそこはもう上の野原の
入口で、きれいに刈られた草の中に一本の巨きな栗の木が立って、その幹は根もとの所がまっ黒に焦げて巨きな洞のようになり、その枝には古い繩や、切れたわらじなどがつるしてありました。
「もう少し行ぐづどみんなして草刈ってるぞ。それがら馬の居るどごもあるぞ。」一郎は云いながら先に立って刈った草のなかの一ぽんみちをぐんぐん歩きました。
 三郎はその次に立って、
「こゝには熊居ないから馬をはなして置いてもいゝなあ。」と云って歩きました。
 しばらく行くとみちばたの大きな楢の木の下に、繩で編んだ袋が投げ出してあって、沢山の草たばがあっちにもこっちにもころがっていました。
 せなかに  をしょった二匹の馬が、一郎を見て鼻をぷるぷる鳴らしました。
「兄
。居るが。兄。来たぞ。」一郎は汗を拭いながら叫びました。
「おゝい。あゝい。其処に居ろ。今行ぐぞ。」
 ずうっと向うの窪みで、一郎の兄さんの声がしました。
 陽がぱっと明るくなり、兄さんがそっちの草の中から笑って出て来ました。
「善(ユ)ぐ来たな。みんなも連れで来たのが。善ぐ来た。戻りに馬こ連れでてけろな。今日ぁ、午(ヒル)まがらきっと曇る。俺(オラ)もう少し草集めて仕舞(シム)がらな、うなだ遊ばばあの土手の中さ入ってろ。まだ牧場の馬二十疋ばがり居るがらな。」
 兄さんは向うへ行こうとして、振り向いて又云いました。
「土手がら外さ出はるなよ。迷ってしまうづど危なぃがらな。午まになったら又来るがら。」
「うん。土手の中に居るがら。」
 そして一郎の兄さんは、行ってしまいました。
 空にはうすい雲がすっかりかゝり、太陽は白い鏡のようになって、雲と反対に馳せました。風が出て来てまだ刈ってない草は一面に波を立てます。一郎はさきにたって小さなみちをまっすぐに行くと、まもなく
どてになりました。その土手の一とこちぎれたところに二本の丸太の棒を横にわたしてありました。耕助がそれをくぐろうとしますと、嘉助が、
「おらこったなもの外せだだど。」と云いながら片っ方のはじをぬいて下におろしましたのでみんなはそれをはね越えて中へ入りました。向うの少し小高いところにてかてか光る茶いろの馬が七疋ばかり集まって、しっぽをゆるやかにばしゃばしゃふっているのです。
「この馬みんな千円以上するづもな。来年がらみんな競馬さも出はるのだ
じゃい。」
 一郎はそばへ行きながら云いました。
 馬はみんないままでさびしくって仕様なかったというように一郎だちの方へ寄ってきました。
 そして鼻づらをずうっとのばして何かほしそうにするのです。
「ははあ、塩をけろづのだな。」みんなは云いながら手を出して馬になめさせたりしましたが、三郎だけは馬になれていないらしく気味悪そうに手をポケットへ入れてしまいました。
「わあ又三郎馬怖(オッカ)ながるじゃい。」と悦治が云いました。
 すると三郎は、
「怖くなんかないやい。」と云いながら、すぐポケットの手を馬の鼻づらへのばしましたが馬が首をのばして舌をべろりと出すと、さあっと顔いろを変えてすばやくまた手をポケットへ入れてしまいました。
「わあい、又三郎馬怖ながるじゃい。」悦治が又云いました。すると三郎はすっかり顔を赤くしてしばらくもじもじしていましたが、
「そんなら、みんなで競馬やるか。」と云いました。
 競馬ってどうするのかとみんな思いました。
 すると三郎は、
「ぼく競馬何べんも見たぞ。けれどもこの馬みんな鞍がないから乗れないや。みんなで一疋づつ馬を追って、はじめに向うの、そら、あの巨きな樹のところに着いたものを一等にしよう。」
「そいづ面白な。」嘉助が云いました。
「叱らえるぞ。牧夫に見っ附らえでがら。」
「大丈夫だよ。競馬に出る馬なんか練習をしていないといけないんだい。」三郎が云いました。
「よし、おらこの馬だぞ。」
「おら、この馬だ。」
「そんならぼくはこの馬でもいゝや。」
 みんなは楊の枝や萱の穂で、しゅうと云いながら馬を軽く打ちました。ところが馬はちっともびくともしませんでした。やはり下へ首を垂れて草をかいだり首をのばして、そこらのけしきをもっとよく見るというようにしているのです。
 一郎がそこで両手をぴしゃんと打ち合せて、だあ、と云いました。すると俄かに、七疋ともまるでたてがみをそろえてかけ出したのです。
「うまぁい。」嘉助ははね上って走りました。けれどもそれはどうも競馬にはならないのでした。第一、馬はどこまでも顔をならべて走るのでしたし、それにそんなに競争するくらい早く走るのでもなかったのです。それでもみんなは面白がって、だあだと云いながら一生けん命そのあとを追いました。
 馬はすこし行くと立ちどまりそうになりました。みんなもすこしはあはあしましたが、こらえてまた馬を追いました。するといつか馬はぐるっとさっきの小高いところをまわって、さっき四人ではいって来たどての切れた所へ来たのです。
「あ、馬出はる、馬出はる。押えろ、押えろ。」
 一郎はまっ青になって叫びました。じっさい馬はどての外へ出たのらしいのでした。どんどん走って、もうさっきの丸太の棒を越えそうになりました。一郎はまるであわてゝ「どう、どう、どうどう。」と云いながら一生けん命走って行ってやっとそこへ着いてまるでころぶようにしながら手をひろげたときは、もう二疋はもう外へ出ていたのでした。
「早ぐ来て押えろ。早ぐ来て。」一郎は息も切れるように叫びながら丸太棒をもとのようにしました。三人は走って行って急いで丸太をくぐって外へ出ますと、二疋の馬はもう走るでもなく、どての外に立って草を口で引っぱって抜くようにしています。
「そろそろど押えろよ。そろそろど。」と云いながら一郎は一ぴきのくつわについた札のところをしっかり押えました。嘉助と三郎がもう一疋を押えようとそばへ寄りますと、馬はまるで愕いたようにどてへ沿って一目散に南の方へ走ってしまいました。
「兄な、馬ぁ逃げる、馬ぁ逃げる。兄な。馬逃げる。」とうしろで一郎が一生けん命叫んでいます。三郎と嘉助は一生けん命馬を追いました。
 ところが、馬はもう今度こそほんとうに遁げるつもりらしかったのです。まるで丈ぐらいある草をわけて、高みになったり低くなったり、どこまでも走りました。
 嘉助はもう足がしびれてしまって、どこをどう走っているのかわからなくなりました。
 それから、まわりがまっ蒼になって、ぐるぐる廻り、とうとう深い草の中に倒れてしまいました。馬の赤いたてがみと、あとを追って行く三郎の白いシャッポが終りにちらっと見えました。
 嘉助は仰向けになって空を見ました。空がまっ白に光って、ぐるぐる廻り、そのこちらを薄い鼠色の雲が、速く速く走っています。そしてカンカン鳴っています。
 嘉助はやっと起き上って、せかせか息しながら馬の行った方に歩き出しました。草の中には、今馬と三郎が通った痕らしく、かすかな路のようなものがありました。嘉助は笑いました。そして、
(ふん、なあに馬何処かで、こわくなってのっこり立ってるさ。)と思いました。
 そこで嘉助は、一生懸命それを跡(ツ)けて行きました。ところがその路のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、おとこえしや、すてきに背の高い薊の中で、二つにも三つにも分れてしまって、どれがどれやら一向わからなくなってしまいました。嘉助はおういと叫びました。
 おうとどこかで三郎が叫んでいるようです。
 思い切って、そのまん中のを進みました。けれどもそれも、時々断(キ)れたり、馬の歩かないような急な所を横様に過ぎたりするのでした。
 空はたいへん暗く重くなり、まわりがぼうっと霞んで来ました。冷たい風が、草を渡りはじめ、もう雲や霧が、切れ切れになって、眼の前をぐんぐん通り過ぎて行きました。
(あゝ、こいつは悪くなって来た。みんな悪いことはこれから集(タカ)ってやって来るのだ。)と嘉助は思いました。全くその通り、俄に馬の通った痕は、草の中で無くなってしまいました。
(あゝ、悪くなった、悪くなった。)嘉助は胸をどきどきさせました。
 草がからだを曲げて、パチパチ云ったり、さらさら鳴ったりしました。霧が殊に滋くなって、着物はすっかりしめってしまいました。
 嘉助は咽喉一杯叫びました。
「一郎、一郎、こっちさ来う。」
 ところが何の返事も聞えません。黒板から降る白墨の粉のような、暗い冷たい霧の粒が、そこら一面踊りまわり、あたりが俄にシインとして、陰気に陰気になりました。草からは、もう雫の音がポタリポタリと聞えて来ます。
 嘉助は、もう早く一郎たちの所へ戻ろうとして急いで引っ返しました。けれどもどうも、それは、前に来た所とは違っていたようでした。第一、薊があんまり沢山ありましたし、それに草の底にさっき無かった岩かけが、度々ころがっていました。そしてとうとう聞いたこともない大きな谷が、いきなり眼の前に現われました。すすきがざわざわざわっと鳴り、向うの方は底知れずの谷のように、霧の中に消えているではありませんか。
 風が来ると、芒(ススキ)の穂は細い沢山の手を一ぱいのばして、忙(セワ)しく振って、
「あ、西さん、あ、東さん。あ、西さん。あ、南さん。あ、西さん。」なんて云っている様でした。
 嘉助はあんまり見っともなかったので、目を瞑って横を向きました。そして急いで引っ返しました。小さな黒い道が、いきなり草の中に出て来ました。それは沢山の馬の蹄の痕で出来上っていたのです。嘉助は、夢中で、短い笑い声をあげて、その道をぐんぐん歩きました。
 けれども、たよりのないことは、みちのはゞが五寸ぐらいになったり、又三尺ぐらいに変ったり、おまけに何だかぐるっと廻っているように思われました。そして、とうとう、大きなてっぺんの焼けた栗の木の前まで来た時、ぼんやり幾つにも岐(ワカ)れてしまいました。
 其処は多分は、野馬の集まり場所であったでしょう、霧の中に円い広場のように見えたのです。
 嘉助はがっかりして、黒い道を又戻りはじめました。知らない草穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かゞ合図をしてでも居るように、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。
 空が光ってキインキインと鳴っています。それからすぐ眼の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらわれました。嘉助はしばらく自分の眼を疑って立ちどまっていましたが、やはりどうしても家らしかったので、こわごわもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。
 空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度に雫を払いました。
(間違って原を向う側へ下りれば、又三郎もおれも、もう死ぬばかりだ。)と嘉助は、半分思う様に半分つぶやくようにしました。それから叫びました。
「一郎、一郎、居るが。一郎。」
 又明るくなりました。草がみな一斉に悦びの息をします。
「伊佐戸の町の、電気工夫の童(ワラス)ぁ、山男に手足ぃ縄(シバ)らえてたふうだ」といつか誰かの話した語(コトバ)が、はっきり耳に聞えて来ます。
 そして、黒い路が、俄に消えてしまいました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。
 空が旗のようにぱたぱた光って翻えり、火花がパチパチパチッと燃えました。嘉助はとうとう草の中に倒れてねむってしまいました。
 そんなことはみんなどこかの遠いできごとのようでした。
 もう、又三郎がすぐ眼の前に足を投げだしてだまって空を見あげているのです。いつかいつもの鼠いろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。それから光るガラスの靴をはいているのです。
 又三郎の肩には栗の木の影が青く落ちています。又三郎の影はまた青く草に落ちています。そして風がどんどんどんどん吹いているのです。又三郎は笑いもしなければ物も云いません。たゞ小さな唇を強そうにきっと結んだまゝ黙ってそらを見ています。いきなり又三郎はひらっとそらへ飛びあがりました。ガラスのマントがギラギラ光りました。ふと嘉助は眼をひらきました。灰いろの霧が速く速く飛んでいます。
 そして馬がすぐ眼の前にのっそりと立っていたのです。その眼は嘉助を怖れて横の方を向いていました。
 嘉助ははね上って馬の名札を押えました。そのうしろから三郎がまるで色のなくなった唇をきっと結んでこっちへ出てきました。嘉助はぶるぶるふるえました。
「おうい。」霧の中から一郎の兄さんの声がしました。雷もごろごろ鳴っています。
「おゝい、嘉助。居るが。嘉助。」一郎の声もしました。嘉助はよろこんでとびあがりました。
「おゝい。居る、居る。一郎。おゝい。」
 一郎の兄さんと一郎が、とつぜん、眼の前に立ちました。嘉助は俄かに泣き出しました。
「探したぞ。危ながったぞ。すっかりぬれだな。どう。」一郎の兄さんはなれた手付きで馬の首を抱いて、もってきたくつわをすばやく馬のくちにはめました。
「さあ、あべさ。」
「又三郎びっくりしたべぁ。」一郎が三郎に云いました。三郎はだまって、やっぱりきっと口を結んでうなずきました。
 みんなは一郎の兄さんについて、緩い傾斜を、二つ程昇り降りしました。それから、黒い大きな路について、暫らく歩きました。
 稲光が二度ばかり、かすかに白くひらめきました。草を焼く匂がして、霧の中を煙がほっと流れています。
 一郎の兄さんが叫びました。
「おじいさん。居だ、居だ。みんな居だ。」
 おじいさんは霧の中に立っていて、
「あゝ心配した、心配した。あゝ好(エ)がった。おゝ嘉助。寒がべぁ、さあ入れ。」
 と云いました。嘉助は一郎と同じように、やはりこのおじいさんの孫なようでした。
 半分に焼けた大きな栗の木の根もとに、草で作った小さな囲いがあって、チョロチョロ赤い火が燃えていました。
 一郎の兄さんは馬を楢の木につなぎました。
 馬もひひんと鳴いています。
「おゝむぞやな。な、何ぼが泣いだがな。そのわろは金山堀りのわろだな。さあさあみんな、団子たべろ。食べろ。な。今こっちを焼ぐがらな。全体何処迄行ってだった。」
「笹長根の下り口だ。」と一郎の兄さんが答えました。
「危ぃがった。危ぃがった。向うさ降りだら馬も人もそれっ切りだったぞ。さあ嘉助、団子喰べろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづも食べろ。」
「おじいさん。馬置いでくるが。」と一郎の兄さんが云いました。
「うんうん。牧夫来るどまだやがましがらな。したども、も少し待で。又すぐ晴れる。あゝ心配した。俺も虎こ山の下まで行って見で来た。はあ、まんつ好がった。雨も晴れる。」
「今朝ほんとに天気好がったのにな。」
「うん。又好(ユ)ぐなるさ。あ、雨漏って来たな。」
 一郎の兄さんが出て行きました。天井がガサガサガサガサ云います。おじいさんが笑いながらそれを見上げました。
 兄さんが又はいって来ました。
「おじいさん。明るぐなった。雨ぁ霽(ハ)れだ。」
「うんうん、そうが。さあみんなよっく火にあだれ、おら又草刈るがらな。」
 霧がふっと切れました。陽の光がさっと流れて入りました。その太陽は、少し西の方に寄ってかゝり、幾片かの蝋のような霧が、逃げおくれて仕方なしに光りました。
 草からは雫がきらきら落ち、総ての葉も茎も花も、今年の終りの陽の光を吸っています。
 はるかな西の碧い野原は、今泣きやんだようにまぶしく笑い、向うの栗の木は青い後光を放ちました。みんなはもう疲れて一郎をさきに野原をおりました。湧水のところで三郎はやっぱりだまって、きっと口を結んだまゝみんなに別れてじぶんだけお父さんの小屋の方へ帰って行きました。
 帰りながら嘉助が云いました。
「あいづやっぱり風の神だぞ。風の神の子っ子だぞ。あそごさ二人して巣食ってるんだぞ。」
「そだなぃよ。」一郎が高く云いました。

 

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