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方角と時刻の十二支

 

方角の十二支

北から時計回りに子、丑、寅・・・と12分して名付け、中間の方角はうしとら(艮)、たつみ(巽)、ひつじさる(坤)、いぬい(乾)、という呼び方をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

より詳しく24分したものは、十干の名称を援用して、時計回りに
丑 艮 寅 辰 巽 巳 未 坤 申 戌 乾 亥
とします。
(青字で表したものは上の簡易方角図では省略されています。)

恵方について
恵方(えほう)とは
陰陽道に基づく縁起のよい方角のこと。24分した方位で表します。
恵方はその年の十干によって決まります。

甲(きのえ)の年  西暦下1桁が4の年  寅卯の間  75°  2時半方向 おおよそ東北東
乙(きのと)の年  西暦下1桁が5の年 
 申酉の間 255° 8時半方向 おおよそ西南西
丙(ひのえ)の年  西暦下1桁が6の年 
 巳午の間 165° 5時半方向 おおよそ南南東
丁(ひのと)の年  西暦下1桁が7の年 
 亥子の間 345° 11時半方向 おおよそ北北西
戊(つちのえ)の年 西暦下1桁が8の年 
 巳午の間 165° 5時半方向 おおよそ南南東
己(つちのと)の年 西暦下1桁が9の年 
 寅卯の間  75°  2時半方向 おおよそ東北東
庚(かのえ)の年  西暦下1桁が0の年 
 申酉の間 255° 8時半方向 おおよそ西南西
辛(かのと)の年  西暦下1桁が1の年 
 巳午の間 165° 5時半方向 おおよそ南南東
壬(みずのえ)の年 西暦下1桁が2の年 
 亥子の間 345° 11時半方向 おおよそ北北西
癸(みずのと)の年 西暦下1桁が3の年 
 巳午の間 165° 5時半方向 おおよそ南南東

読み方:子ね 癸みずのと 丑うし 艮うしとら 寅とら 甲きのえ 卯う 乙きのと 辰たつ 巽たつみ
巳み 丙ひのえ 午うま 丁ひのと 未ひつじ 坤ひつじさる 申さる 庚かのえ 酉とり 辛かのと
戌いぬ 乾いぬい 亥い 壬みずのえ

参考:易ではいわゆる「八卦」が次のように方位に割り当てられています。

 時計回りに
 坎(かん)(北)
 艮(ごん)
 震(しん)(東)
 巽(そん)
 離(り)(南)
 坤(こん)
 兌(だ)(西)
 乾(けん)

 

 

 

時刻の十二支

江戸時代までは時刻の決め方は一般には(実生活では)夜明け、日暮れを基準としていましたから、現代の時刻とはややずれます。日の出直前を卯、南中を午、日の入り直後を酉として一日を12分して名付けました。お昼を正午というのはぴったり午(うま)の刻という意味です。午の刻の前は午前、後は午後というわけです。
当然のことながら、江戸で正午となったその瞬間の大坂ではまだ午前でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これとは別に図の括弧の中のように時刻を数字で表すこともありました。午前の六つは明け六つ、午後の六つは暮れ六つと言いました。「お江戸日本橋七つ立ち」は日の出の2時間ほど前に出発の意味です。「おやつ」は午後の2〜3時ごろの意味から来ています。
なぜか逆順に進むこの数字の意味は陰陽五行思想がもとになっています。分かりやすく言うと、まず一桁の一番大きい数9をスタートとし、次に9の2倍の18を意味する8、次に3倍の27を意味する7、・・・と進めていくことになります。
時を知らせる実際の鐘は、まず3つの捨て鐘(これから時刻を知らせるという意味)を打った後、少し間をあけてから分かりやすく時刻の数(4〜9)を打ちました。

図中の算用数字は現代の時刻との大よその対応を示すものです。

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